期待の度合いが依存

名越先生の動画で見た話

 

依存の定義は、それが無くなって怒りが湧いたら依存状態

 

そこまでいかなければよくあること

 

他人のことなのにどうしてそんなことするのと

思った時点で依存なのかな

期待していた結果をもらえなくて怒りが出るんだから

依存なんだろう。

 

子どもが親にするのは依存

大人になったら子どもの頃と同じではなく

心の距離もはかり期待しないくらいでちょうどいい

ほどほどってやつ

10年経っても

子どもたちと楽しい時間を過ごしたいと思っている

 

でもどうしたらみんなで楽しくできるのだろう

 

毎日毎日約束するが連絡も来ないうちち約束は破られる

お母さんとの約束を破るなんて許せない

なんでなんだ

 

しまいには悲しくなって

どうせわたしは子どもをおいて出て行ったんだからと悲観てきになり

そうされてもしょうがないけれど悲しいと

マイナススパイラルへ

小学校の時にこんなことはなかったか

幼稚園の時にこんなことはなかったか

思い出しては感傷に浸るという日々

 

そんな時を数日過ごしたのち1枚の新聞記事が目に止まる

2011年小池龍之介さんの心を保つお稽古から

約束を破った相手に腹が立つ、ではなんで腹が立つのか

自分が尊重されてない、もっと尊重してという感情(わたしの場合は多分ゲームに負けた🎮)

そういう感情があったのだろう

そういう感情は成長するにつれ恥ずかしい感情だから表に出さないように親や周りから

大抵否定されたり非難されたりしているうちに

本当の自分の感情に気がつけなくなる

でも10年経って気がついたこの記事の自分がいることを

そんな自分は自分の内

全部自分でできている

傷つく自分も気付く自分も

 

人生は面白い

 

比べること、批判すること

何かを比べることが好きな人

何かを比べて批判するのは好きな人

 

それがどうした

 

人のことはどうでもいい

 

やりたいことをやればいい

 

それが本望なら

 

そのうち誰かが気がついて参道する人が出てくるかもしれない

出てこなくてもいいじゃないか

自分が本当にやりたいことならば

 

彼女の言葉

この空の色は貴方に似合わない

貴方は青い空が似合う

なんでここにいるの

こんな曇り空の下に

 

朝連れて行ってもらったお寺の本堂

広い空間

ホテルのロビーを自分の家のリビングのように

寛ぐ姿

それが貴方を素敵に見せた

それが貴方らしく見せた

それが貴方に似合っていた

 

ミリの時のあの場所とおんなじ

 

此処は貴方に似合わない

ギリギリ

このところギリギリセーフが続いている

 

ギリギリ飛行機は飛び

ギリギリ最終電車に乗れ

ギリギリ自転車を避け

 

 

ギリギリに余裕はない

私は余裕が好き

 

 

待ち合わせに遅れるのはギリギリではなくアウト

ところ変われば心変わる

東京に来るとお金のことばかり考える

北海道にいると愛と人生のことばかり考える

 

どちらも考えてばかりで休むことを知らない

 

東京にいると体が疲れる

北海道に帰ると精神的に疲れる

 

 

どちらも疲れを感じている

なんでだろう

自分のやりたいことをやっていると思っているのに